ダメ漢ジョンたろうの生存戦略

どうしたら楽に生きられるのでございましょうか

良い人間関係は自然形成されない

 こんばんは。ジョンたろうです。良い人間関係というと、皆さんはどんなものを思い浮かべますでしょうか。高校球児の爽やかな友情、トロけるような男女の甘い関係、将来を語り合う社会人の熱気、絶対に切れない家族の結束・・・色々ありますよね。映画、漫画、小説の中では、まるで作為的でなく自然的に発生した美しい関係のように扱われますが、あまりにも美化されすぎているように思います。私は25歳という年齢になってようやく、このことに気が付き始めたのであります。じゃあ私たちは何をすればいいのか、何処までやればいいのか、というのが今回の話題でございます。

人間関係は作為的なもの

 人間関係を作る目的って何でしょうか?私は「精神的な豊かさ」と「金銭的な豊かさ」を向上させるためだと考えています。今回は「精神的な豊かさ」を重視してお話を進めていきますが、どちらにせよ人間関係というものは、自分自身がより豊かな人生を歩むために、言い方は悪いですが利害の考えを持って構築されるものだと思っています。ですから人間関係というのは、あくまでも作為的なものだったりすると思います。

考えるまでもなく、自分をイライラさせたり、惨めな気持ちにさせたりするような人と付き合たくないのは当たり前のことですよね。そんな人と付き合うことはマイナスにしかなりません。良い人間関係を構築するには、相手から嫌がられない振る舞いを努力をして身につける必要があります。お互いが相手を不快にさせない振る舞いが出来て初めて、お互いにとってプラスな影響を与え合うことが出来るのではないでしょうか。

当たり前のことをする努力

 努力と言っても、そんな難しいことではなく、当たり前のことを当たり前にする必要があると思っています。例えばこんなことです。

  • 好意的な態度をとる
  • 話を振られたら丁寧に答える
  • 相手の方を向いて聞く・話す
  • 相手の言っていることを最後まで聞く
  • 何かをして貰ったらお礼を言う
  • 間違ったことをしたら謝る
  • 他人の物を丁寧に扱う

 こうして並べて見ると当たり前のような気がするものの、意外と出来ていないことってありませんか?私も自分で書いていて、出来ていないときがあるなあと心当たりがありました。厳密に重要度順で並べたわけではありませんが、一番上の「好意的な態度をとる」というのは絶対条件だと思っています。お恥ずかしながら、私はつい最近まで出来ていませんでした。最初から「話さない」ということを決めていたような時すらあったように思います。

人間関係というものは、相手に「自分はこういう人間だ」と分からせるものではないように思います。つまり、「私は無口な人間だ。私からは喋らない。全てそちらから話題を振ってくれ。」、「私は気安く人と仲良くならない人間だ。仲良くなりたければそちらから歩み寄れ。」では人間関係が構築できないということです。無口や人嫌いを否定しているわけではありません。ただし、人間関係を充実させたいのならば、努力をして好意的な態度を取る必要があるように思います。

補足ですが、私は人間関係が狭いながら、日本を除いた数か国の方と仲良くしてきました。大らかさや明るさなど、性格的な違いは国によってもちろん違いはありますが、基本的なことは同じであるように感じています。

当たり前+αをする努力

 当たり前のことだけでは上手くいかない場合があります。むしろ年齢が上がると、上手くいかなくなる場合の方が多いのではないでしょうか。年齢が上がるにつれて、仕事や家庭でのストレスは増していきますし、自分の時間が少なくなっていきます。忙しい中でも調子を保つために、自分のペースを維持する必要がありますし、時間に対する厳しさも増していきます。そうなると、言い方は悪いですが、プラスにもマイナスにもならない付き合いというのは敬遠されるようになるものです。ですから、例えばこんなことが必要になって来るように思います。

  • 相手の調子の良し悪しを見極める
  • 相手の事情を考える
  • 相手が次に取る行動を見極める
  • 相手の予想を良い意味で裏切る

凄く抽象的になってしまいました。簡単に言うと、相手を観察して行動をする必要があるということです。友人と出かけた時、体調が良さそうか。悪そうであれば移動範囲は狭くする。あるいは、次の日は仕事ではないのか。仕事ならば速めに切り上げる。大げさすぎるのは良くありませんが、見えそうで見えない気遣いが一番うれしいものではないでしょうか。

私が最近嬉しかったのは、遠方の友人へ会いに行ったときのことですが、当たり前のように食事代を幾らか持ってくれたり、アイスを驕ってくれたり、帰りにお土産を持たせてくれた時のことです。こちらは遠方から来ている=移動費が沢山かかっていることを知っているので、気を遣ってくれたということですね。学生の頃だと恥ずかしさみたいなものもありますが、ある程度の年齢になると、「自分との時間を大切にしてくれている」と感じて素直に嬉しいものです。

インターネットな時代だからこそ

 今は大変多くの人や物がインターネット上で繋がっていますよね。奇麗だったり大げさだったりと、目立つものが重視されていて、多対多・1対多の繋がりが増えてきた時代ではあります。しかし、だからこそ地味で身近な生身の人間関係というものが、より一層に有難く感じるようになってきたようにも思います。気遣いを忘れず、暖かい人間関係を形成していきたいですね。